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四條畷市立教育文化センター
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〒575-0021 大阪府四條畷市南野5丁目2-16

 

 


第1回バスツアー「湊川神社を訪れる
    全国各地、各界各階層から慕われる正成公を再認識!
       厳かな雰囲気での正式参拝に感激
       学芸員の懇切丁寧な説明に大満足
日時 平成28年 6月15日(水曜日) 第1回バスツアー
行先 神戸湊川神社と菊水総本店「楠公せんべい手焼き実演」見学


●今年も、集合時刻より早く出発

 いよいよバスツアー第2弾が始まりました。
 今回も5回のバスツアーを通じ、扇谷が道中記をお届けします。
 この日、集合時刻前に全員が集まり、出発予定の8時45分より15分ほど早く市役所を出発しました。今回もまた、期待の高さを感じるスタートとなりました。
 道中、バス車内で、扇谷から「湊川神社の概要」「別格官幣社とは」「朱舜水作の大楠公御賛碑について」等、30分ほどの講義をしました。

●厳かな雰囲気での正式参拝
 湊川神社には、予定の30分以上前に到着しましたので、自由時間を設け、神社境内をゆっくり散策していただきました。
 午前1030分から始まりました正式参拝は、大変厳かな雰囲気の中で執り行われ、祭典終了後には、昭和27年、復興新築された社殿と、装飾物等について詳しい説明をいただきました。

巫女による舞の奉納
↑ 巫女による舞の奉納


玉串拝礼
↑ 玉串拝礼は、扇谷、真木修、国府文江の三人が

●最初に訪れた正成公、殉節の地
 その後、最初に訪れた場所は、楠木正成公、殉節の地です。
 ここからは、権禰宜の岡村光浩学芸員が懇切丁寧な説明をしてくださいました。
 境内西北の隅に位置する場所に殉節の地はあり、雑木に囲まれ、うっそうとした場所に、塚のようにこんもりと持った土が印象的でした。
 殉節の地の前には、大きな燈籠が何基もありますが、いずれも肥後藩出身の明治開化期の政治家が寄進したものです。また、1基青銅製の燈籠もありますが、これは、住友財閥が寄進したもので、意匠もこらされており、菊水の家門は勿論のこと、住友の家門、更には贔屓(ひいき:伝説上の生物)まで織り込み、銅で財をなした住友財閥の楠氏に対する熱い思いを垣間見ました。
 因みに、東京、皇居前の正成銅像も住友財閥の寄進とか。

見学
↑ 写真中央正面に塚が残る(右:岡村学芸員)

●社務所の和室を借用して昼食
 昼食は、社務所の中の和室をご提供いただき、机を並べ、座布団を敷いていただき、入室前にはエアコンも入れていただいており、全員、感謝の中での昼食タイムとなりました。
 昼食終了後、教育文化センターが刊行した教文コレクションの案内をしました。
 第1集は、市民教養講座意「楠正行の人間像に迫る」(A4版・48頁・500円)、第2集は、市民教養大学・楠正行研究「埋もれていた正行像賛、発見の感動物語」(A4版・6頁・500円)で、いずれも、扇谷が講師を務めた講座の内容を小冊子にまとめたものです。この日、8冊の注文をいただきました。

●最大の関心事、嗚呼忠臣楠子之墓
 午後は、このツアー最大の関心事、「嗚呼忠臣楠子之墓」です。
 元禄5年(1692)、徳川光圀によって建立されたもので、光圀本人の直筆によって「嗚呼忠臣楠子之墓」の文字が刻まれ、裏面には、明の遺臣・朱舜水作の正成賛文が、岡村元春の書によって刻まれています。
 この墓碑の建立によって、楠木正成の盛徳が宣揚され、明治維新への力強い精神的指導力となりました。
 幕末から維新にかけ、頼山陽、吉田松陰、真木保臣、三条実美、坂本竜馬、高杉晋作、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝光、伊藤博文ら名だたる政治家、指導者が訪れています。
 素材の石に、和泉(大阪)、白川(京都)、御影(神戸)の石が使われ、楠木正成誕生から最期の地までを表現したものであったり、最下段の石組の間には免震装置のような鉄製の工具が使われているため、阪神淡路大震災では多くの燈籠や石塔が倒れる中、この正成墓はびくともしなかったことなど、説明をいただきました。
 正成墓建立に寄せる並々ならぬ思いを感じることができました。

見学
↑ 蚊が飛び交う中、熱心に説明を聞く(嗚呼忠臣楠子之墓墓前)

●宝物殿には豊富な書画やゆかりの品
 そして、最後は、宝物殿です。
 この宝物殿には、横山大観筆「大楠公像」(昭和10年)、前田青邨筆「大楠公」(昭和20年)、富岡鉄斎筆「楠公父子」(富岡鉄斎は一時期、湊川神社の神職として在籍している)、棟方志功筆「御楠樹(おんくすのき)の図」などのほか多数の書画、更には、現在残る楠木正成公の真筆中、楷書としては唯一の「法華経奥書」(重要文化財)、楠木正成公御着用と伝わる「段威(だんおどし)腹巻」(重要文化財・明治34年国宝)、刀剣類等、多数が陳列・展示されています。
 また、別の部屋には、楠木正成公の生涯をパノラマ図にした絵巻物語の展示や、千早城図等、多くの宝物に接することができます。
 そして、1階入ったところには、正成ゆかりの史跡を案内したチラシが陳列されていましたので、扇谷は、15枚(15か所)すべていただいて帰りました。受付の女性の話では、岡村さんを含む学芸員の皆様が調べ、資料として陳列されているとのことでした。こういった地道な取り組みが、楠氏、大楠公・小楠公の顕彰に繋がっているのだと思いました。

くすのきまさつら公 生涯のパノラマ図を見学
↑ 楠木正成公、生涯のパノラマ図の説明を受ける

●全員で記念写真に納まる
 私たちは、岡村、山岡お二人の学芸員の御見送りを受け、菊水総本店に、徒歩で移動しました。

記念撮影

●菊水総本店で、瓦せんべいの実演見学
 明治元年創業の菊水総本店は、湊川神社創建前からの創業で、正成墓を訪れる人々の休息の場所、茶店として始まったとのことです。
 この店の瓦せんべいは、瓦一枚分の大きさの特大瓦から小さい小瓦まであります。伝統と歴史を引き継ぎ、銘菓をまもっておられます。
 この日は、特にお願いをして、瓦せんべいの手焼き実演をしていただきました。一枚一枚手焼きしながら、菊水の家門を刻印していく作業を見守りながら、焼き立ての瓦せんべいが振舞われると、全員が異口同音に「まあ、おいしい。」と、舌鼓をうっていました。

手焼きせんべい実演
↑ 一枚一枚、丁寧に手焼きし、刻印
 
●帰途のバス車中、扇谷の話が子守歌に変身?!
 帰途、バスの車中で、扇谷から、河内平野形成の9000年の歴史を振り返りながら、合戦が四條畷の地で行われた歴史的な背景の説明や、四條畷の合戦に参陣した正行の軍勢の数についての話をしましたが、車中の皆さんには子守歌になったようで、多くの人がバスツアーを堪能した疲れからか、すやすやと眠りこむ一幕となりました。
 運転していただいた井上さんが驚くほどスムースにバスが走り、予定よりも1時間以上早い、午後4時前に市役所に到着、解散となりました。

次回第2回は、7月20日、笠置寺に行きます。道中記、乞う、お楽しみに!




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