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高齢者・子どもたちの笑顔あふれる街 四條畷市立教育文化センターは

四條畷市立教育文化センター
お問い合わせはTEL.072-878-0020

〒575-0021 大阪府四條畷市南野5丁目2-16
 

過去のイベント紹介

平成25年 平成26年 平成27年 平成28年 平成29年 平成30年 令和元年 令和2年
令和3年① 令和3年② 令和4年①          

令和4年度 開催のイベント


教文親子体操で「運動会」

日時 令和4年9月29日(木) 午前10時より12時 
場所 教育文化センター 芝生広場
内容   秋の運動会を開催しました。みんなで楽しく出来ました◎
プログラムは以下の通りです。
1・入場行進
2・♪ いっとうしょうたいそう
3・かけっこヨーイドン
4・♪ アヒルのダンス
5・台風の目
6・たまいれ
7・♪ サンサン体操
8・サーキット遊び
9・パラバルーンであそびましょう
10・全員リレー
11・♪ ピカピカブー
12・記念撮影


 

 

 

 


第27回 教文利用サークル合同サークル展

日時 令和4年9月18日(日) 午前10時より午後4時 
場所 教育文化センター 全館
内容   久々のサークル展を開催しました。3年ぶりとなりましたが、大変盛り上がりました。















四條畷 楠正行の会 第81回例会

日時 令和4年9月13日(火) 午後1時30分~3時 
場所 教育文化センター 2階 会議室1

●第9回楠正行シンポジウムに向けて
 
 8月の例会は酷暑を避けて休会しています。
 9月例会は、冒頭から、嬉しいスタートとなりました。
 公開講座の受講生のお一人、長谷様が新たに入会されました。また、傍聴におひとり迎えました。
 この日の例会は、当面の日程に関する打ち合わせのあと、第9回シンポジウム「映像スクリーン紙芝居&絵本読み聞かせin四條畷」に向けって、大型スクリーン映像紙芝居と絵本読み聞かせの準備に入りました。
 紙芝居4題のうち、3台を、まず扇谷が実演しました。
 脚本を全員に渡しましたので、その脚本を見ながらの視聴となりましたが、正行の生涯が十分伝わったようで、涙する人が出るほどの感激を味わっていただいたようです。
 取り急ぎ、10月の例会では、3人の発表を決め、散会しました。
 皆さん、乞うご期待です!

 

楠正行通信 第149号 89日発行
 ・公開講座「楠正行の生涯を学ぶ」感想文 その①
 ・正成・正行をウルトラマン化しては・・・
 ・スラバヤ沖海戦で撃沈した敵艦の兵を救出した工藤艦長
楠正行通信 第150号 89日発行
 ・公開講座「楠正行の生涯を学ぶ」感想文 その②
 ・歴史を語る四條畷をジオラマにできないか
 ・正行は、なぜ実直なまでに戦いに挑んだのか
 ・正行の武士道の生きざまを伝える責務
楠正行通信 第151号 913日発行
 ・昭和169月刊行 府立四條畷中の「小楠公読本」
 ・楠公精神顕彰に、全校生徒に朗誦・愛読を求め
 ・太平記鈔・日本外史鈔・正行かかわり漢詩・碑文ほか網羅

令和54月以降の活動計画について
 *楠正行関係文書を読み解く連続講座を始めます。
 
 *予定している関係文書
 楠公父子を語る「北河内史蹟史話」収録 平尾兵吾
 小楠公読本/府立四條畷中学校読本
 〇楠公鈔 安岡正篤
 ○太平記鈔 桜井の訣別/正成が首級郷に送らる/葛井寺の合戦/住吉の合戦
  /正行吉野へ参向/四條畷の合戦/正行の最期
 ○日本外史鈔 頼山陽著
 
 ○附録① 四條畷の戦い わが国体の精華/武家政治と王政復古/四條畷戦い
  の起因/四條畷付近の地形/四條畷の戦い前における南北の情勢/両軍の兵力  及び作戦計画/戦闘経過の大要/楠公精神
  附録② 景楠聖地 四條畷神社/小楠公墓地/正四位下検非違使兼河内の守楠  公碑/和田賢秀墓地
  附録③ 漢詩/楠公の歌
  正成像賛・正行像賛 朱舜水先生全集収録
  大楠公/湊川神社発行
 ○太平記と大楠公 保田與重郎
 ○楠公論私説 葦津珍彦
  四條畷市史第一巻
 ○中世の四條畷~四條畷の合戦
 ○四條畷の歴史~四條畷の合戦と小楠公社
  三忠伝「正成公世子正行公の伝」 安東省庵

次回例会
 日時 1011日(火)、1430分~1600分
 場所 四條畷市立教育文化センター2階・会議室1

 内容 第9回楠正行シンポジウムに向けて
     紙芝居と絵本読み聞かせの演習・発表

傍聴、入会大歓迎!
 郷土、四條畷の歴史、そして四條畷神社に祀られる楠正行に関心をお持ちの方、一緒に学びませんか。
 例会は、毎月・第2火曜日の午後230分から4時までです。
10月から、開始時刻を1430分に変更します。ご注意ください。)
 お気軽に、教育文化センターの2階を覗いてください。お待ちしております。

正行通信 第151号はコチラからも(PDF)


教文 親子体操教室で ”初めてのお絵描き”

日時 令和4年9月8日(木) 10時より11時30分 
場所 教育文化センター 2階 ホール・会議室1
 内容 今日は、教文合同サークル展出展を控え、初めてのお絵描きをしました。
皆さん上手に出来ました◎








四條畷 楠正行の会 
令和489
(火) ●8月例会はおやすみします。

 8月の例会は酷暑を避けて休会することにしています。

 大阪府は、コロナ患者数は増加傾向が顕著で、第7波は今までにない陽性患者の数が伝えられています。
 昨年も書きましたが、対策は一つです。マスクの着用や消毒、不要不急の外出自粛等、一人一人が何よりも感染対策に努めることが求められています。
 
 ● 大楠公之図西陣織掛け軸お披露目の会 ●

 924日、楠公フォーラム開催

 このほど、横山大観筆「大楠公之図」西陣織掛け軸が四條畷神社に奉納され、そのお披露目「楠公フォーラム」が、924日(土)、午後1時から、四條畷神社神社会館で開催されます。
奉納式が本殿で行われた後、会場の神社会館で行われる楠公フォーラムには、四條畷市東修平市長、産経新聞安本寿久特別記者、歴史民俗資料館野島稔館長、四條畷楠正行の会扇谷の4人がパネラーとして出席します。
50名限定の申し込みとなっています。
専用の申込用紙は未着ですので、申し込まれる方は、①氏名(ふりがな)、②性別、③年齢、④携帯電話、⑤住所、⑥e-mail、を明記の上、四條畷神社:FAX072-879-2888までfax送信してください.
なお、当日、1000円以上の寄付が必要です。<お茶菓子付きとのこと>



  

楠正行通信 第14989日発行  

 ・公開講座「楠正行の生涯を学ぶ」受講者感想文その1
  ・正成、正行をウルトラマン化しては
  ・スラバヤ沖海戦で撃沈した敵兵を救出した工藤艦長

楠正行通信 第15089日発行

  ・公開講座「楠正行の生涯を学ぶ」受講者感想文その2
  ・歴史を語る四條畷をジオラマにできないか
  ・正行は、なぜ実直なまでに戦いに挑んだのか
  ・.正行の武士道の生きざまを伝える責務

次回例会

 日時 913日(火)、1330分~1500分
 場所 四條畷市立教育文化センター2階・会議室

 内容 第9回楠正行シンポジウムに向けて
     電通大コラボ第6弾「正行ゲーム&グッズ制作」中間発表について
     その他

傍聴、入会大歓迎!

 郷土、四條畷の歴史、そして四條畷神社に祀られる楠正行に関心をお持ちの方、一緒に学びませんか。
 例会は、毎月・第2火曜日の午後130分から3時までです。
 お気軽に、教育文化センターの2階を覗いてください。お待ちしております。


正行通信 第149号はコチラからも(PDF)


正行通信 第150号はコチラからも(PDF)



教文 親子体操教室で ” プール開き ”

日時 令和4年7月21日(木) 10時より11時30分 
場所 教育文化センター 2階 ホール・会議室1・芝生ひろば
 内容 今日は、お待ちかねのプール開きです。
気温が上がり、気持ちイイ~


 

 


四條畷楠正行の会・創立8周年記念企画

公開講座「楠正行の生涯を学ぶ」

9/14日スタート 全10回シリーズ 最終回

日時 令和4年7月12日(火) 午後1時30分~3時 
場所 教育文化センター 2階 ホール

●公開講座10回シリーズ「楠正行の生涯を学ぶ」は終了しました❣

 昨年914日にスタートしたこの公開講座は、正行の生きた時代(5回)、正行死後の時代(3回)、四條畷合戦戦跡を学ぶ現地学習(1回)、そして本日の最終回、正行紙芝居2題の実演と受講生のリポートに基づくフリートーク、修了式で最終を迎えました。
 コロナ禍の中での公開講座でしたが、延期や中止を繰り返しながらも、熱心な受講生の方の参加を得て、完結できました。
 扇谷が20年近くかけて取り組んできました楠正行研究の成果を整理し、精査し、まとめて、時系列・体系的に楠正行という人物について伝えられたのではないかと自負しています。
 扇谷が正行研究のバイブルとして制作した「楠正行関係年表」(カラー版)に加え、講義に使ったパワーポイントデータをCDに焼いて、それぞれご提供(有償)も致しました。
 受講生の皆さんのリポートを拝見しますと、各自、皆さんそれぞれ正行への思いを新たにされたようで、今後に向けて示唆に富んだものが多くありました。このようにして、一人でも多く、正行顕彰に取り組まれる方が増えることを願っています。
●公開講座受講生、三人目の入会


 公開講座受講生のおひとりから、メールで、入会の申し込みをいただきました。
 結果、今回の公開講座受講生の中から、3人の方が入会されました。仲間が増え、嬉しい限りです。
 私たちの会は、8月はお休みですので、9月第2火曜日から再開します。
 先に第9回楠正行シンポジウム(2023.03.04)の開催を発表しましたが、大型映像スクリーンを使って、私たちが蓄積してきた紙芝居・絵本(読み聞かせ)を実演する形での発表会を企画しています。
 9月から半年かけて、担当する紙芝居、絵本読み聞かせの演習をこなし、3月にはお披露目できるよう頑張ります。今までの講義型の例会から、一人ひとりの演習を通じた実践型の例会になります。関心のある方は、ぜひ、覗いてみてください。お待ちしています。

 

 

楠正行通信 第147号 712日発行

 ・四條畷に根付いていた村相撲、そして小楠公の影響
 ・村相撲の大関、化粧まわしに「菊水」
 ・明治元年創業、菊水総本店(湊川神社正門前)廃業!
楠正行通信 第148号 712日発行
 ・公開講座第9回「現代の正行」
 ・四條畷可視化戦略で、正行、現代に蘇る
 ・宝塚「桜嵐記」で、新しい女性フアン層が生まれる!

9回楠正行シンポジウム(案)発表!


日時 202334日(土) 午後2時~4時
場所 教育文化センター2階ホール

内容 「映像スクリーン紙芝居&絵本読み聞かせin四條畷」
     紙芝居と絵本で届ける正行の生涯

     続・四條畷で蘇る正行ワールド
プログラム 
   1部 映像スクリーン紙芝居4
   2部 映像スクリーン絵本「くすのきまさつら」6題

詳細は、決定次第、発表します。
乞う、ご期待!
お楽しみに。

電通大社会プロジェクト実習授業第6弾について
遊んで学ぶ「武将・楠正行」  = ゲーム&グッズ・パズル等制作 =


【今後の日程】
914日 1300~  中間発表・プレゼンテーション/総合センター・展示ホール
1026日 デモプレー/大阪電通大・四條畷学
124日 市民ゲーム大会/総合センター・展示ホール


 124日に市民ゲーム大会を開催します。詳細等決定次第、改めて周知しますので、四條畷市民の皆さん、特に四條畷の子どもたちの参加をお待ちしています。
 楽しいゲーム制作が着々と進んでいます。
 面白いグッズ制作も進んでいます。
 乞う、お楽しみに!

次回例会/8月はお休みです。


 日時 913日(火)、1330分~1500分
 場所 教育文化センター
 内容 映像スクリーン化網芝居と絵本読み聞かせの実演
     担当者決定

傍聴、入会大歓迎!

 郷土、四條畷の歴史、そして四條畷神社に祀られる楠正行に関心をお持ちの方、一緒に学びませんか。
 例会は、毎月・第2火曜日の午後130分から3時までです。
 お気軽に、教育文化センターの2階を覗いてください。お待ちしております。


正行通信 第147号はコチラからも(PDF)


正行通信 第148号はコチラからも(PDF)





教文 親子体操教室で ”笹飾り☆工作”

日時 令和4年6月23日(木) 10時より11時30分 
場所 教育文化センター 2階 ホール・会議室1
 内容 みんなで、タナバタさんの飾り付けを作りました。◎









四條畷楠正行の会・創立8周年記念企画

公開講座「楠正行の生涯を学ぶ」

9
/14日スタート 全10回シリーズ 第9回

日時 令和4年6月14日(火) 午後1時30分より3時 
場所 教育文化センター 2階 ホール

 公開講座10回シリーズ、第9回を迎え、実質講義は終了しました

 講義の最後、「現代の正行」です.
 今から10年ほど前に、私が産業振興アドバイザー時代に、若手職員26名と一緒に四條畷市観光可視化戦略という観光行政の柱をつくりましたが、その精神的支柱に、楠正行を位置付けたのが、四條畷における現代の正行のスタートだったと思います。
 可視化戦略に基づいて、楠正行シンポジウムを仕掛け、子ども達への教育が大切と、副読本を制作し、その後、教育文化センターをフィールドに正行の学びをつづけ、市民教養講座、市民教養大学、正行ゆかりの地を訪ねるバスツアー(3年連続5回×15回実施)等を仕掛け、加えて産経新聞のロングラン特集「楠木正成考」とも相まって、四條畷では正行人気がうなぎ上りに上がったと思います。
 楠正行シンポジウムは、第7回以降、四條畷市主催から私たちの会主催に移行し、来年3月には第9回を開催する運びです。乞う、お楽しみに!
 そして、現代の楠正行を語るうえで、特筆すべきことは、宝塚歌劇で公演された桜嵐記です。正行フアンの層が一気に女性、しかも若い層に浸透し、四條畷神社や小楠公墓所、そして遠く湊川神社でも参詣者が際立って増えたことです。
 また、私たちの会が大阪電気通信大学と連携して進めてきた社会プロジェクト実習授業の成果、正行の「絵本」「かるた」「ポイスター」「ゲーム」は、多くの子どもたちを中心に、ますますまさつらを身近に感じる存在にしたと自負しています。
 コロナ禍の影響で活動が止まっていますが、NHK大河ドラマ「楠公父子物語」の誘致活動の再開が待たれます。私たちの会も、その一員として、誘致に向けて積極的に活動を進めてまいる所存です。

● 嬉しい公開講座受講生、二人目の入会!

 公開講座受講生のおひとりから、本日、入会の申し込みをいただきました。
 また一人仲間が加わり、正行顕彰の歩みが少しではありますが太くなります。嬉しい限りです。
 なお、この日、扇谷が講義に使ったパワーポイントデータをすべてCDに焼いて、ワンコイン(500円)でお分けしました。扇谷が現在持っている資料・記録・写真等をほぼ網羅したデータ集です。

 


楠正行通信 第144号 614日発行
・公開講座第8回「近代の正行」
・四條畷神社創建に寄せる地域の人々の思い結実
・四條畷神社創建なり、甲可村改め四條畷村に

楠正行通信 第145号 614日発行
・電通大社会プロジェクト実習、第6弾スタート
48名の学生による正行ゲーム&グッズの制作
・扇谷による2回の講義と現地学習で正行の生涯学習

楠正行通信 第146号 614日発行
・公開講座第6回現地学習
・正行ゆかりの地そして四條畷合戦戦跡を歩く
・四條畷神社で正式参拝

 第9回楠正行シンポジウム(案)発表!

日時 202334日(土) 午後2時~4時
場所 教育文化センター2階ホール

内容 
「映像スクリーン紙芝居&絵本読み聞かせin四條畷
    
    紙芝居と絵本で届ける正行の生涯
    
    続・四條畷で蘇る正行ワールド 

プログラム
1部 映像スクリーン紙芝居4
2部 映像スクリーン絵本「くすのきまさつら」6

詳細は、決定次第、発表します。
乞う、ご期待!お楽しみに。


次回例会
 日時 712日(火)、1330分~1500分
 場所 教育文化センター
 内容 公開講座第10回「紙芝居とフリートーク・修了式」

 公開講座の詳しい情報は、正行通信132号をご覧ください。
 
傍聴、入会大歓迎!
 郷土、四條畷の歴史、そして四條畷神社に祀られる楠正行に関心をお持ちの方、一緒に学びませんか。
 例会は、毎月・第2火曜日の午後130分から3時までです。
 お気軽に、教育文化センターの2階を覗いてください。お待ちしております。

正行通信 第144号はコチラからも(PDF)


正行通信 第145号はコチラからも(PDF)


正行通信 第146号はコチラからも(PDF)





教文 親子体操教室で ”じゃがいも掘り”

日時 令和4年6月2日(木) 
場所 教育文化センター 2階 ホール・会議室1・芝生広場
 内容 今日は、じゃがいも掘りをしました。
大きいのも小さいのも採れました ◎






教文 親子体操教室で ”たまねぎの収穫体験”

日時 令和4年5月19日(木) 
場所 教育文化センター 2階 ホール・会議室1・芝生広場
 内容 今日は体操のあとで、玉ネギ採りをしました。
ヨイショ!! 大きいのが出ましたか?!


 



四條畷楠正行の会・創立8周年記念企画


公開講座「楠正行の生涯を学ぶ」


9
/14日スタート 全10回シリーズ 第8回
 

日時 令和4年5月10日(火) 午後1時30分~3時 
場所 教育文化センター 2階 ホール


公開講座10回シリーズも第8回を迎えました!
 
 コロナ禍で中止や延期といろいろありましたが、昨年9月に始まりましたこの公開講座もいよいよラストに近づいてきました
 今月は、第8回目「近代の正行」と題して、明治期以降に当地に与えた影響などを中心に、その痕跡を探りました。
 楠正行は、「四條畷村」誕生の創始者でした。南北朝時代に四條畷の合戦があり、当地で楠正行が破れ討ち死にしたが故、明治に入り小楠公墓所が拡幅・修復され、四條畷神社が創建されたことに始まり、多くの公共施設等が『四條畷』の冠をつけることとなり、その結果、昭和7年、終に甲可村改め四條畷村となるのです。
 近代の正行は、当地にとって、まさに歴史そのものです。
 今日は嬉しいことに、教育文化センターのホームページで公開講座の事を知ったと、寝屋川市から一人の男性が加わりました。

  
●電通大プロジェクト第6弾!「遊んで学ぶ武将・楠正行」スタート!
 
 四條畷楠正行の会と大阪電気通信大学との産官学連携事業「社会プロジェクト実習」は6年目に入りました。
 この間、楠正行顕彰の事業として、初年度「絵本製作」、2年度「かるた制作」、3年度「ポスター制作」、4年度「歴史・文化ゲーム制作」、5年度「続・歴史文化ゲーム制作」と展開してきましたが、今年度は、電通大の木子・由良先生肝いりの、「楠正行・ゲーム&グッズ・パズル制作」です。
 毎年人気のこのプロジェクトですが、今年も、200人の学生のうち48人の応募があり、427日、クライアントの四條畷楠正行の会との対面の後、第1回講義を行いました。
 この日、講師となった扇谷は、パワーポイントデータを使い、「楠正行の人間像を探る」と題して、集まった学生たちはほとんど楠正行を知らないことから、その生い立ちや生涯、さらには今に残る事績などを紹介しながら、ゲームやグッズの題材となる様々なデータを提供しました。
 講義を受けた感想文には、「すごい人だと言うことがしれて面白かった。特に橋での話では感動した。これから楠木正行を知っていくことが楽しみになったし何をしようかと考えることも楽しく感じれるようになった。」「教科書に載っていなくても達筆だったり謎が多い面白い武将がこんな身近にいたのは驚きました。楠木正行という漢字は初見じゃ絶対読めない漢字で、その人物をどうやって遊びで伝えるかが難しそうだなと思いました。」などと授業スタートへの意欲が示されました。


 講義する扇谷(右から2人目)と木子先生(右から3人目)と由良先生(左端)


 講義を聴く学生たちと正行の会メンバー(前列の二人)教室全景

楠正行通信 第143号 510日発行
公開講座第7回「江戸期の正行」
・徳川光圀による嗚呼忠臣楠子の墓の建立
・正成、太平記読みの世界で語り継がれる

延期していた公開講座第6回「現地学習」は524日に実施
決定! 524日(火) 午後1時~
午後050分、四條畷神社休憩所に集合です。

<行程予定>
1300四條畷神社(正式参拝) ☞ 和田賢秀墓 ☞ 四條畷保健所前(古戦田字地) ☞ 四條畷高校前(古戦田字地) ☞ 小楠公墓所 ☞ ハラキリ字地(時間に余裕があれば) ☞ 四条畷駅(解散)

- 第8回 – 近代の正行

明治期の楠公顕彰は湊川神社創建の宣下に始まる

*明治元年1868 421日
明治天皇、勅して大楠公の社を湊川に創立し、正行公以下一族をも配祀せしめ、且つそのため金壱千両御下賜あり。
*明治51872 1月湊川神社社殿の造営に着手、5月、鎮座祭・楠公祭を執行
*明治81875 2月、大久保利通が四條畷や千早赤阪を狩猟のため訪れ、2日間歴訪。この時、楠公遺跡の惨状を嘆き、堺県に対してその場の保全と新たな石碑の建立を求めたという。
結果、楠公誕生地が整備され、小楠公墓所の拡幅修理が行われた。
*明治201887 文部省編纂局「尋常小学読本六」発刊。後醍醐天皇、楠正成一、同二、楠正行一、同二の項が27ページにわたって記載された。楠正成の元弘の変時の千早・赤坂での活躍よりも、「桜井の別れ」「母の教え」後醍醐陵、如意輪堂、四條畷の戦いなど、楠正行が多く取り上げられた。

*明治231890 教育勅語が交付される。「国体の精華」とは、つまり、天皇の「有徳」と臣民の「忠孝」であった。戦時の徳目の象徴が楠公父子であり、平時の徳目を象徴する人物が二宮金次郎であった。

明治18年頃刊 小楠公墓地経営略記
小楠公戦死の尊骸は、直ちに埋葬され、小碑石を建て、両側に楠木を植えて墓所となす。


小石碑と老樟
・ 小楠公戦死後、尊骸を直ちに埋葬、小碑石(正長2年1429)を建て、両側 に楠の木を植えて墓所となす。
・ 年を経て楠の木は成長して、一本に合し、小碑を胎内深く包摂するに至った。 (小楠公墓地経営略記)
・ 貝原益軒の見た小石碑は、天正12年(1584)、南無権現と刻され、新た に建立された石碑である。


平尾兵吾/北河内史跡史話
「南無は楠のナム又は南木と相通じることから、かかる文字を刻んで、天正12年≪1584≫、豊臣公大坂築城の当時までさえも、世を憚ったのではあるまいか。

 小楠公戦没後、代は敵の足利将軍の政権下となり、降って徳川の治世となっても、共に楠公の墳墓を修めるようなことは決して行わなかったのである。」

墓域の拡大と大石碑
・  明治7年  建設に着手
・ 明治8年  巨石、切り出しと運搬
・ 明治9年  従三位、追贈決定
・ 明治10年 碑銘の彫刻、建碑工事
・ 明治11年 1月5日、建碑式



切断に5か月
運搬に17か月
彫字に5か月
建碑に3か月半
工期30か月半/2年半をかけ
当時、米15円63銭として、
総経費7000円は、
現在のほぼ1億4900万円程度か

 地震にもびくともしない
 総高さ7㍍50㌢の巨石碑の基礎

・ 今は見えない基礎
・ 5㍍50㌢四方、4㍍50㌢を掘り込み
・ 長さ1㍍80㌢、直径20㌢の松の生杭、250本を打ち込み
・ 巾40㌢、厚さ30㌢の松生板を敷き詰め、
・ その上に、大石650個、小石数万個、砂礫500駄、石灰200俵で積み固  め、その上に下台を組んでいる。
・ 正成墓の免震構造に匹敵する
・ 基礎に込められた人々の思い



 四條畷神社の創建
建社嘆願 実に、7年の歳月を要して建社運動実る!
明治1412日、住吉平田神社の神官、三牧文吾 小楠社造立勅許の願書を提出
       兵庫湊川に大楠公神社を勅許されたことを受け、
       小楠公墓地に小楠公社をと嘆願
       三牧文吾は、後醍醐天皇侍講の末裔と自覚する
       元平田氏で、三牧家の養子となる
    6月、再願するも所属府県に申し出すべしと却下
    7月、三牧文吾、大阪府司農局に嘆願
明治24月、三牧文吾、河内県に嘆願
    9月、三牧文吾、庄屋忠右衛門と連署の上、堺県役所に嘆願
      小川県令は証拠書類の提出を求め、直接の来村も
      あったが、更迭され振出しに
明治310月、三牧文吾、嘆願
明治41月、三牧文吾、嘆願
    3月、三牧文吾、嘆願 和田賢秀の墓碑設立も併願

明治7年 嘆願が聞き届けられ、公然墓地の営繕をなすべき旨が区長に達せられた
     
     三牧文吾らの建社運動はここに結実
写真(下)のように、小楠公神社名で建設開始するが、墓域は神社創建に景観宜しからずと、幕末維新の勤王学者・敷田年治の撰で「四條畷神社」に改称し、明治22年12月16日、社殿完成し、別格官幣社に列せられた



明治23年創建 四條畷神社

明治28年四条畷駅開業 かつてのラッシュ時風景

明治36年 大阪府立四條畷中学校開校(現・四條畷高校)

大正14年、中野郵便局改め四條畷郵便局

大正15年、南野分署改め四條畷警察

昭和2年、市立四條畷学園移転・開校

遂に、昭和7年、正行を祀る四條畷神社を有するが故、

甲可村改め四條畷村に改称
・ 甲可村議会・議事録より
・ 交通機関の発達と行政機関の設置と呼応しつつ対内的に対外的に、共に歴史上  有意義なる四條畷神社を中心とする最も意義ある四條畷村と改称せんとするも  のなり。



菊水の流れに二流
小楠公墓所社務所の瓦は、すべて「右から左へ、逆菊水」
 菊水の家紋に「左から右に流れる菊水」「右から左に流れる菊水」の二流ある。家紋の下半分の水流が違うのである。
 建水分神社、湊川神社、四條畷神社、河内往生院六万寺など楠氏ゆかりのほとんどすべての寺社・仏閣の寺紋・社紋の水流は、「左から右」に流れるものだが、楠正行ゆかりの寺社・仏閣には「右から左」に流れる、いわゆる「逆菊水」の家紋が残る。楠妣庵観音寺の瓦や水受け、如意輪寺本堂本陣の柱等に残る。
 楠妣庵観音寺のある富田林を中心に南河内では、正成亡き後、久子の方が再び楠氏の隆盛を願って、今一度歴史の流れを変えようと、家紋の菊水の水流を変えた、との伝承が残っている。
 四條畷は、楠正行ゆかりの地として全国に親しまれてきたにもかかわらず、この逆菊水の家紋の存在がほとんど知られてこなかった。
 ついに四條畷に発見! 小楠公墓所の境内に残る社務所の瓦は、すべて、逆菊水の家紋が刻まれていたのである。


 小楠公墓所境内・旧四條畷神社社務所の瓦

湊川神社発行「大楠公」より一部抜粋転載

明治元年  1868  大楠公とその一族を祭祀する1社を、湊川御墓所傍に創建の事沙汰あり
 明治5  1872  1月   社殿の造営に着工
56日  本殿上棟祭執行
57日  社号は湊川神社、社格は別格官幣社に     列せられる
524日 鎮座祭執行
525日 楠公祭執行
 明治9  1876  1227日 楠正行公贈従三位
 明治13  1880 720日 大楠公贈正一位 
 明治18  1885  718日 大楠公五百五十年祭執行
 明治23  1890  45日  四條畷神社鎮座
 明治30  1897  46日 楠正行公贈従二位
 明治31  1898  明治天皇御製「子わかれの松のしづくに袖ぬれて昔をしのぶさくらゐの里」発表
 明治33  1900  宮城前に大楠公像、住友吉左衛門友純の寄進にて建立
 明治34  1901  落合直文「桜井の訣別」をつくる
 明治44  1911  この年、南北朝正閏問題起こり、南朝を正とする
大正3   1914 1112日 楠木正季卿贈正三位 
 大正5  1916 327日 大楠公御真筆法華経奥書、田村市郎奉納 
 大正6  1917 45日 大楠公法華経奥書、国宝に指定される 
 大正13  1924 317日 菊池武吉卿贈従三位 
 昭和10  1935 4月 横山大観、大楠公画像を制作・奉納
5月 大楠公六百年祭執行
525日 「楠公父子真筆集」出版
 
 昭和12  1937 525日 楠木同族会結成 
 昭和20  1945 神戸空襲で、本殿・拝殿・社務所等一瞬にして被災・炎上 
 昭和21  1946  3月 別格官幣社の社格廃止
 昭和22  1947 73日 大楠公墓所・殉節地、文化財史跡に仮指定 
 昭和25  1950 829日 段威腹巻・大楠公真筆法華経奥書、
重要文化財に指定
 
 昭和26  1951 69日 文化財保護法により、大楠公墓所と殉節地、文化財史跡に指定 
 昭和27  1952 1024日 湊川神社正遷宮祭執行 
 昭和40  1965 525日 楠公祭・楠公行列
小楠公役にコロンビア歌手小林幸子奉仕
 
 昭和58  1983  226日 奈良市谷本久治、
大久保利通謹書「小楠公墓碑銘」奉納
 昭和60  1985  大楠公六百五十年祭執行
 平成2  1990 四條畷神社鎮座百年祭執行 
 平成3  1991  123日 大久保利通筆小楠公墓碑銘原本
湊川神社から四條畷神社へ贈呈
NHK大河ドラマ「太平記」放映


■電通大社会プロジェクト実習授業第6弾!

   遊んで学ぶ「武将・楠正行」
 = ゲーム&グッズ・パズル等制作 =

427日、四條畷楠正行の会、第1回講義
(今後の予定)
511日 第2回講義
514日 現地学習(四條畷神社・和田賢秀墓・小楠公墓所)
612日 テーマ発表
914日 中間発表・プレゼンテーション/総合センター・展示ホール
1026日 デモプレー

124日 市民ゲーム大会/総合センター・展示ホール

次回例会
  日時 614日(火)、1330分~1500分
  場所 教育文化センター
  内容 公開講座第9回「現代の正行」

 公開講座の詳しい情報は、正行通信132号をご覧ください。
傍聴、入会大歓迎!
 郷土、四條畷の歴史、そして四條畷神社に祀られる楠正行に関心をお持ちの方、一緒に学びませんか。

 例会は、毎月・第2火曜日の午後130分から3時までです。
 お気軽に、教育文化センターの2階を覗いてください。お待ちしております。


正行通信 第143号はコチラからも(PDF)



教文 「みんなのひろば」

日時 令和4年5月5日(木) 
場所 教育文化センター 2階 ホール・会議室1・芝生広場
 内容  こどもの日は良いお天気が多いので、みんなでスタンプラリーをして遊びました。皆さん、大変上手に出来ました◎
内容は、電車ごっこ、ラダーまたぎ、玉入れ、毛布リレー、ボーリングゲーム、お山のぼり、かけっこ、スナッグゴルフとパラバルーン遊びでした。




   
 



教文 親子体操教室

日時 令和4年4月21日(木) 
場所 教育文化センター 2階 ホール・会議室1
 内容  今日は、体操をして、鯉のぼりを作って泳がせました。
皆さん、大変上手に出来ました◎


 




四條畷楠正行の会・創立8周年記念企画


公開講座「楠正行の生涯を学ぶ」


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/14日スタート 全10回シリーズ 第7回
 

日時 令和4年4月12日(火) 午後1時30分~3時 
場所 教育文化センター 2階 ホール


3か月ぶりの再会となりました!

 2
月、3月と例会・公開講座は中止でしたので、3か月ぶりの再開でした。
過去5回の講座は正行の生涯をたどりましたが、今月から3回は正成・正行の死後、どのように語り継がれ、後世にどのような影響を遺していったのかということに焦点を当ててお話しします。
 正成・正行は、江戸時代、賊軍でありながら、良識ある武将や知識人、そして庶民らに語り継がれていきます。
 そして、江戸末期の遺臣の志士たちに大いに影響を与え、明治維新・開花の起爆剤として楠公精神が語られるようになります。
 話の中身は、以下、公開講座のところで見てください。
 
●黒岩淡哉作「小楠公像」展示しています。
 
 
3月から、黒岩淡哉作「小楠公像」(楠正行が四條畷の戦いに出陣するに際し、吉野山を訪れ如意輪寺本堂の板塀に辞世の歌を矢じりで刻みましたが、その筆跡を見つめる姿を写したもの)を教育文化センター1階の正行資料室に展示していますが、もうご覧いただきましたでしょうか。
 資料室正面に立つ正行像は、訪れる皆さんに感動を与えること間違いなしです。
 皆さんのご来訪、お待ちしております。

 

 

楠正行通信 第142号 412日発行                          ・公開講座第6回「現地学習」は、2月、3月中止・延期/7月までに実施予定!
 ・四條畷神社正式参拝と正行の戦跡を訪ねる:配布資料抜粋

- 第7回 – 江戸期の正行
江戸に入り、正成は太平記読みの世界で語り継がれ
前田綱紀の父子決別図や光圀の嗚呼忠臣楠子の墓建立等を経て
明治維新を切り拓く原動力になっていきます

武家政権を天皇制に組み入れる論理
源平両氏は朝家の固め
平安期の保元・平地の乱~治承・寿永の乱の頃形成された歴史認識
~図式化したのが平家物語

江戸幕府・徳川家康の秘事
藤原氏松平姓から源氏新田徳川姓へ


徳川家康は、
足利家高家筆頭の吉良家から系図を譲り受け、
藤原氏松平姓から、足利氏新田徳川姓に!
慶長81603征夷大将軍就任の返礼として上洛した家康
 この時朝廷で「新田殿」と呼ばれている「お湯殿上の日記」
・天皇に忠孝を尽くす朝家の固め=新田流徳川の誕生!
⇒ 尊王は江戸幕府の考え方と矛盾しないことに!
 徳川光圀=水戸学も許容
太平記読みの世界の広がり 16c~17c
加賀前田藩から全国へ「太平記読みの時代」若尾政希著より


 ・太平記評判秘伝理尽鈔の奥書
「太平記之評判者、武略之要術、治国之道也、非二其器一者、不レ可二伝授一」
 ・秘伝の伝承
名和正三~名和家伝来の秘伝:理尽鈔
⇒ 大運院陽翁に ①岡山~横井養元・・・池田光政160982
  ↓      ②唐津~寺沢広高15631633
  前田利常御伽衆   ③金沢~前田利常-・本多15801647 家老職
                  ・大橋(本多家家臣)-前田
                  ・浅井?~1645 家老職
17c 出版業の成立~理尽鈔享受層の一挙拡大
 ≪武家対象の秘伝から、大道芸能としての太平記読みの世界へ



講談師と聴衆≪錦絵「諸軍談」)
太平記読みに系譜を引く軍談講釈は、新しい軍記を取り入れ、目覚ましい展開を見せる。
三代安藤広重筆。明治元年1868作。
出典:「図説日本の古典⑪太平記」



太平記の正成像

①武略、智謀の武将
 ・元弘元年下赤坂の戦い、元弘2年天王寺出張、元弘3年千早籠城戦、
  建武3年尊氏との京合戦
②忠臣
 ・智仁勇の三徳を兼て、死を善導に守るは、古より今に至るまで、
  正成ほどの者は未だなかりつる
③神仏信仰者
 ・出生における神仏(信貴の毘沙門天)と因縁付
 ・赤坂城脱出の際、甲冑をつけない正成に矢が命中したが、身に着けていた
  観音経に矢先が留まり難を逃れた
 ・元弘2年天王寺出張の際、住吉派・天王寺に神馬を奉納し、布施した

太平記読み(理尽鈔)の正成像

①智謀ある軍略家/大勢に難所なしの方便・尺度廻り(長距離競争)
②当代の政治への最も厳しい批判者
 /「御政の悪き事共余多候に依てこそ、世は角乱て候へ。」
③徹底した文書主義/賞罰・訴訟のシステムを確立 「人被恨」ことのない公正な政治
④巧妙な家臣掌握/戦死者の名を名帳につけ、毎朝、正成がその菩提を弔う
⑤評定制の導入/頭人評定衆を集て、善義に随て是を行えと書置しとにや
⑥農政にたけた指導者/減税・ため池を掘り用水を整備・新田開発・種米貸与・所役免除・植樹・諸人の貧苦を救う正成の勧農~領民を恵む仁君という新たな正成像
家臣・領民を掌握し、模範的な政治を行う理想的な為政者
武略と治国を教諭する指導者


=名君・正成像の定着=
  ・恩智左近太郎聞書 1645
  ・楠正成一巻書 1654 山鹿素行序

 ・楠桜井書 1661
  ・楠法令巻 1681
  ・楠家伝七巻書 1682
  ・楠諸氏教(後に「明君家訓」に改題)1692 室鳩巣
 昔より本朝にて、人の上に居てさるあらまし心得たる人は正成なりけんかし・・・正成が所作を爰に仮設けて筆端を起こす
 =「器にあたる君」、理想的な指導者「名君」としての正成像の成立
*山鹿素行162285~抜き書き帳を作成し、理尽鈔を精緻に読み込む。
*熊沢蕃山161991~正成を宰相納言に付け、政道の評定をさせるべきだった

高山右近は、何故正行辞世の歌を知っていたのか
 太平記読みや楠兵法書が世に続々と出てくるのは1600年代の中ごろ。しかし、高山右近が生きたのは、1500年代中頃から1615年まで。楠公事績がまだ世に出る前の時代、何故、高山右近は四條畷の合戦に臨んだ正行の事績を知っていたのか。
 秀吉のキリシタン弾圧を逃れて、高山右近は加賀前田家に客分として26年の長きにわたって流浪生活を送っている。このあたりにそのきっかけがあるのではないだろうか。
 信長時代(1570年頃~1582)、キリシタン大名として、2万石から4万石になり、信長とは良好な関係が続き、秀吉時代には本能寺の変では山崎合戦で先陣をつとめ、4千石の加増を得る。
 また秀吉を悩ませた根来衆、四国の長宗我部追討に参加、功をなし、明石6万石に移封されて大名として栄達の道を歩む。
 しかしこの後、天下統一・中央集権を目指した秀吉との確執が始まり、キリシタンに理解を持っていた前田利家によって加賀に引き取られる。
 高山右近は、初代利家、二代利長に仕えること26年。家康が江戸幕府を開き、中央集権体制確立に向けてキリシタン弾圧を強化、秀忠(実質は家康)の禁教令発令となるが、キリシタンの叛乱を恐れた家康は、右近に死を与えず、国外追放を言い渡す。
また、右近もキリシタンとして自らの命を絶つことは許されなかった
  



高山右近が最後を過ごした加賀藩には太平記読みの流布が
 高山右近は、幕府から追放の命を受け、加賀を急きょ出ることになるが、その時、前田利家の正妻、まつに宛てたとみられる書状をしたためる。そして、この書状の中で、吉野如意輪寺に残る正行辞世の歌が引用されているのである。
(楠正行通信第43号より転載)

高山右近 慶長19年(1614
日本訣別の書
正行辞世の歌を引用
● 書状四行目 「帰ラシト思ヘハ兼ネテ梓弓 ナキ數ニイル名ヲソ留ル」
● 正行は戦場に向かい、戦死して天下に名を挙げました。私は、今、南海に赴き、命を天に任せて、名を流すばかりです。
● 右近が徳川家康の禁教令によって国外追放となったのは慶長19年(1614
● 江戸初期、全国の諸大名に楠正行の事績が広く流布し、認知されていたことを示す貴重な史料。





1692年/徳川光圀による「嗚呼忠臣楠子之墓」建立
 ・大日本史編纂と南朝事績調査
 ・光圀『梅林先生墓』の建立
「皇統を正潤し、人臣を是非し、輯めて一家の言を成す」
~天皇の系統を正しく治し、過去の忠臣や婦人などの誤謬を訂正する
 ・正成の覚悟の戦死-大義の正道 
 ⇒ 「嗚呼忠臣楠子之墓」の建立と、碑陰に朱舜水の賛分
 ・万治31660 前田綱紀、狩野探幽に楠公父子訣別図を依頼
 ・寛文101670 朱舜水正成像賛を完成
 ・延宝71679 光圀、南朝事績調査に着手
 ・元禄51692 光圀、湊川に正成墓建立
正徳51715 光圀輯・綱枝校「舜水先生全集」刊行



1702年/赤穂事件と正成             
 ・元禄151702 大石内蔵助ら赤穂浪士による吉良邸討ち入り事件勃発
 ・同年 紅赤見聞記/『楠のいま大石となりにけり なほも朽ちせぬ忠孝をなす』~大石内蔵助は楠正成の再来として登場!
 ・宝永31706 近松門左衛門の浄瑠璃「碁盤太平記」初演/浅野内匠頭を塩谷判官に、吉良上野介を高師直に見立てた赤穂の塩と高家筆頭職からの連想
 ・寛政91797 滝沢馬琴の黄表紙「楠正成軍慮智恵輪」/挿画「楠、大石に化する図」~菊水の旗を持つ正成が、火事装束の大石に『化』している:調書後段2行目《くすの木みなと川にてうち死せしとき・・・ゑんやの忠臣おおいしと生まれかはり》
 ⇒ 足利本家が存在しない赤穂事件当時、足利将軍の名跡を伝える由緒ある家筋、その吉良家を断絶に追い込んだ大石内蔵助は楠正成の再来『生まれ変わり』を様に連想させた
滝沢馬琴の黄表紙「楠正成軍慮智恵輪」
挿画「楠、大石に化する図」
~菊水の旗を持つ正成が、火事装束の大石に『化』している

江戸幕末、嗚呼忠臣楠子之墓を訪れた志士たち 
  

近世初期、正成像の転換 元禄5年(1692
智謀に優れ機略をめぐらす武将像 から
武家社会における理想的な指導者像 へ

● 江戸期、太平記読みの世界で輝き続けた正成
 太平記読み 太平記に登場する人物や事件・合戦等を題材に、政治や軍事の在り方を批判・評論する内容。
● 元禄5年(1692)、室鳩巣、武士への教訓的啓蒙書「明君家訓」を書き上げる。
● 「昔より本朝にてひとのうえにいてさるあらまし心得たる人は正成なりけんかし」「正成が所作を爰に仮設で筆端を起こす」
主君を正成に擬して書く、と。
◆ 太平記読みのバイブル書「太平記評判秘伝理尽鈔」は、器量・力量のある武士だけに伝授され、山鹿素行らによって正成教訓書が続々と発刊された。

嘉永41851 吉田松陰、正成墓に詣で、七生説を作る
安政61859 萩より江戸の獄に搬送される途中、4度目の参詣

余嘗て東遊して、三たび湊川を経、楠氏の墓を拝して、涕涙禁ぜず。其碑陰に明の徴士先生の文を勒するを観るに及んで、即ち復た涙下る。
 余楠公に於いて、骨肉父子の恩あるに非ず、師友交遊の親あるに非ずして、自ら其涙の由る所を知らず。
 先生に至ては、海外の人なるに、反って楠公を悲しむ。而して吾れ又朱生を悲しむ。

我知らず畏敬の念を起こさせる談山神社 慶応元年(1865
最期の遺跡さえ埋もれていた楠正行

吉野山・如意輪寺に残る「楠左衛門尉髻塚碑」
 慶応元年1865 頼山陽に学んだ国学者森田節斎(奈良県五条出身)撰文藤原鎌足を祀る談山神社の立派さに比べて正行の髻を埋めた場所が荒れ果て、草に埋もれていることに涙する。
同じ忠臣なのに、この差は何としたことか・・・。
 たとい失敗したとしても、正行公のように節義に死して、名を歴史に刻めるではないか
男子の本懐、これにすぎるものはない。
 森田節斎の思想 吉田松陰ら幕末の志士たちに大いに影響する
 (右図:京都大学付属図書館・維新資料画像データベースより転載)
この碑は現在解読できない状態に(劣化)。

如意輪寺ご住職に、拓本を取って広く情報公開をと、お願い。


朱舜水は正成のみならず
正行にも像賛を残していた


正行像賛発見の感動物語
 加賀藩主前田綱紀が、狩野探幽に描かせた「楠公父子訣別図」の賛文であれば、父・正成のみならず、子・正行にも賛文を書いているのではないか、と探し求め、遂に、発見!
 扇谷は、国立国会図書館関西館で、稲葉君山編「朱舜水全集」巻17に載る楠正行像賛を発見した時の喜びを忘れることはできない。(楠正行通信11号・12号・24号に詳細掲載)

■決定! 電通大社会プロジェクト実習授業第6弾
                  遊んで学ぶ「武将・楠正行」
               = ゲーム&グッズ・パズル等制作 =
 大阪電気通信大学と四條畷楠正行の会の産官学連携事業・社会プロジェクト実習授業は、四條畷ゆかりの人物として、四條畷神社に祀られ、小楠公墓所に眠る吉野朝の武将・楠正行を、遊びや学びを通して知ってもらおうと、絵本、かるた、ポスターそしてゲーム制作に取り組んできました。
 昨年度開催した市民ゲーム大会来場者のアンケート結果は、93%の人が「非常に楽しい・楽しい」、82%の人が「(四條畷の歴史を知るのに)非常に役に立った・役に立った」と大変好評をいただき、感想欄に「楽しかった。来年は絶対来たい。」とゲーム制作に引き続き大きな期待をいただきました。6年目を迎える今年は、”来年は絶対来たい”との要望に応え、楠正行の生涯を網羅する史跡、事績、資料等をゲームや遊びで表現します。
 「ゲーム」においては、カードゲーム、ボードゲームを問わず「簡・楽」をコンセプトにした作品を目指します。「遊び」に関しては、学生のアイデアを生かしたグッズやパズルなどを制作します。また、プロジェクトの一つとして、ゲーム大会の企画運営、プロモーションやゲームの紹介、記録映像などにも取り組みます。そして、12月を目途に、四條畷市市民総合センターで、子どもから大人までの市民が楽しめる市民ゲーム大会を開催します。乞う、ご期待!
 〔制作〕 大阪電気通信大学 社会プロジェクト実習 木子&由良教室
 〔依頼〕 四條畷楠正行の会(指導・監修)
 〔後援〕 四條畷市・四條畷市教育委員会

学習スケジュール


木子・由良班社会プロジェクト実習授業 2022年度スケジュール

413 日 (1) 
オンライン
 Moodleでの資料使用  ・全体ガイダンス 遠隔Meet
 420 日(2  班分け  班活動 
・スケジュール&最終提出物の確認・グループ分けのためのアンケート
・グループ活動の注意点など
4月27(3)  クライアント対面  ・グループ分け発表
   畷楠正行の会による
講義(1)
 ・感想文(100字)
 511日(4  畷楠正行の会による
講義(2)
 ・感想文(100字)
 5月14 (5,6)
土曜日(2コマ分)
 現地学習
スケジュール別途知らせ
 四條畷合戦戦績歩く
集合場所・時間・スケジュール
 518日(7  テーマ分け確認・企画を考える  ・テーマを決める ・制作物を決める
 525日(8  企画を考える  ・テーマを決める ・制作物を決める
 61  振替休講(1コマ分)  
 68(9)  企画書提出・演習
(木子・由良)
 ・企画書を基に指導
 615日(10  演習(木子・由良)  ・企画書を基に指導
 6月2211)
 テーマ発表 
クライアント・市役所職員参加
 テーマ発表テーマ発表 
発表時間: 3分/G  質疑応答:
 629日(12  演習(木子・由良)  テーマ発表 反省会
 76日 (13  演習(木子・由良)  グループ活動
 713日(14  演習(木子・由良)  グループ活動
 720  振替休講 (1コマ分)  
 727日(15  演習(木子・由良)  中間発表に向けて 
・グループ個別報告
 夏休み集中
9月??(1コマ)
 中間発表の準備
(木子・由良) 1コマ
 中間発表リハーサル
 発表時間5分/G
 9月14(水)
1コマ) 暫定
 中間発表プレゼン
クライアント・市役所職員参加
 市民総合センターor教育文化センタ- 発表時間5分/G
 後期  124[日曜日]
授業あり 
1214日  授業なし
 
 921日(16  演習(木子・由良)  グループ活動 ・制作
 928 (17)  演習(木子・由良)  グループ活動 ・制作
 105(18)  演習(木子・由良) グループ活動 ・制作 
 1012日(19  演習(木子・由良)  ブラッシュアップ
 1019日(20  演習(木子・由良)  グループ活動 ・デモプレイ準備
 ・制作
 10月2621  デモクライアント・市役所職員参加  グループ活動 ・制作
 11月2日(22  演習(木子・由良)  デモプレイ反省
 11月9日(23  演習(木子・由良)  最終仕上げに向けて
 1116日(24  演習(木子・由良)  最終仕上げに向けて
 1123日(25  演習(木子・由良)  ゲーム大会に向けての準備
 1130日(26  演習(木子・由良)  ゲーム大会に向けての準備
 12月4日(日曜)
(2コマ)
 畷市民ゲーム大会/
できれば全員
クライアント・市役所職員参加
 四條畷市市民総合センタ-
当日スケジュールを事前に連絡
 127日(27  演習(木子・由良)  全体発表に向けての 
 最終報告書制作
 1214日(28  ゲーム大会振替休み 授業なし ゲーム大会振替休み 授業なし 
 1221日(29  演習(木子・由良)  最終報告書提出 全体発表に向けての資料確認
 111
オンライン(30
 全体報告発表  木子・由良班代表学生1若しくは2人発表7分


 色分け標記:全体  クライアント  プレゼン  学外  振替休み
 ■教室
 大阪電気通信大学四條畷学舎
  10号館 208教室  午後450分~620分


次回例会
  日時 510日(火)、1330分~1500分
  場所 教育文化センター
  内容 公開講座第8回「近代の正行」
      公開講座の詳しい情報は、正行通信132号をご覧ください。


傍聴、入会大歓迎!
  郷土、四條畷の歴史、そして四條畷神社に祀られる楠正行に関心をお持ちの方、一緒に学びませんか。
 例会は、毎月・第2火曜日の午後130分から3時までです。
 お気軽に、教育文化センターの2階を覗いてください。お待ちしております。

正行通信 第142号はコチラからも(PDF)



 
 令和4年3月8日に予定していた 
公開講座「楠正行の生涯を学ぶ」第6回・現地学習は

大阪府の蔓延防止等重点措置の延長を受け、コロナ禍の影響を考慮して、中止すること

としました。

 今後、コロナ禍の収束を見据え、適切な時期に改めて日時を設定して、現地学習を実

施しますのでよろしくお願いします。



 大阪府におけるコロナ第6波・感染者数は一定の減少傾向になっていますが、入院病床ベッドの使用率が依然高く、まん延防止等重点措置が2週間延長されました。
 このため、2月に引き続き、3月に予定していました現地学習を中止することと致しました。今後、コロナの収束状況を見ながら、時期を改めて開催の予定です。楽しみにしておられた皆様にお詫び申し上げます。
 また、412日は、公開講座第7回「楠正行の生涯を学ぶ 江戸期の正行」を開講します。座学での再会を楽しみにしています。

●教文・楠正行資料室に、黒岩淡哉作「小楠公像」展示!

 黒岩淡哉から直接譲り受けられた駒村裕史様から四條畷楠正行の会に寄贈を受けました「小楠公像」は、楠正行が四條畷の戦いに出陣するに際し、吉野山を訪れ如意輪寺本堂の板塀に辞世の歌を矢じりで刻みましたが、その筆跡を見つめる姿を写したものです。
 現在、飯盛山山頂に立つ小楠公像の原型になったものの一つで、同型の像が四條畷高校とJR四条畷駅にあります。
 正行資料室を訪れていただきますと、楠正行の凛々しい姿に出会うことができます。ぜひ、お立ち寄りください。



*正行通信はお休みです。

次回例会
 日時 412日(火)、1330分~1500分
 場所 教育文化センター
 内容 公開講座第7回「江戸期の正行」
 公開講座の詳しい情報は、正行通信132号をご覧ください。

傍聴、入会大歓迎!
 郷土、四條畷の歴史、そして四條畷神社に祀られる楠正行に関心をお持ちの方、一緒に学びませんか。
 例会は、毎月・第2火曜日の午後130分から3時までです。
 お気軽に、教育文化センターの2階を覗いてください。お待ちしております。




 2月8日開催予定の10回シリーズ公開講座「楠正行の生涯を学ぶ」
6回・現地学習は中止・順延となりました。


                             四條畷楠正行の会
                              代表 扇谷 昭
                            携帯090-3034-8288
                        a-oogitani@syd.odn.ne.jp

 オミクロン株によるコロナ禍第6波がなかなか収まる気配を見せず、テレビ報道等では、連日、各都道府県の陽性患者数が過去最高を上回ったと報じられています。オミクロン株は、重症化リスクは少ないものの、人から人へ移るスピードが速く、約2日で感染者から他の人にうつる特徴があるようです。
 そして、127日、大阪府にもまん延防止等重点措置の適用が発表され、四條畷市では学校施設等の貸し出しが中止されました。
 このような事態を受け、28日(火)に予定をしていました現地学習(四條畷神社の正式参拝も含めて)は、急遽、中止とし、コロナ禍のおさまりを見つつ38日(火)に順延することと致します。突然の事で申し訳ありませんが、何卒、ご理解・ご協力を賜り、よろしくお願い申し上げます。

楠正行通信 第14128日発行


 111日、公開講座「楠正行の生涯を学ぶ」第5回
 ・正行23歳、四條畷の合戦 激闘の6時間
 ・申の刻午後4時、正行、刀折れ矢尽き、弟正時と刺し違えて自刃

次回例会

 日時 38日(火)、1300分~1500分
 場所 四條畷神社休憩所に集合
 
内容 四條畷神社(正式参拝) ☞ 和田賢秀墓 ☞ 四條畷合戦跡 ☞ 小楠公墓 ☞ 正行最期      の地(ハラキリ字地) ☞ 四条畷駅(現地解散
 公開講座の詳しい情報は、正行通信132号をご覧ください。

傍聴、入会大歓迎
 郷土、四條畷の歴史、そして四條畷神社に祀られる楠正行に関心をお持ちの方、一緒に学びませんか。
 例会は、毎月・第2火曜日の午後130分から3時までです。

 お気軽に、教育文化センターの2階を覗いてください。お待ちしております。

 正行通信 第141号はコチラからも(PDF)


  

四條畷楠正行の会・創立8周年記念企画

公開講座「楠正行の生涯を学ぶ」


9
/14日スタート 全10回シリーズ 第5回
 

日時 令和4年1月11日(火) 
場所 教育文化センター 2階 ホール・会議室1

●公開講座第5回目です。

 公開講座の第5回は、楠正行23歳、人生のクライマックス四條畷の戦いです。
 正平3134815日、巳の刻(午前10時)に始まった衝突は、大きく5度の衝突を繰り返し、申の刻(午後4時)に正行、最期を迎えます。
 この日は、激闘の6時間を中心に、太平記の記述を繙きながら、正行の戦いぶりをお話ししました。また、戦闘のあった場所の原風景も写真でお示ししながら、今の風景をと賦時の戦いを重ねて、正行に思いを寄せていただきました。
 今、四條畷に残る正行ゆかりの地「四條畷神社」「小楠公墓所」「和田賢秀墓」以外にも、本陣をおいた河内往生院、正行使用の梵鐘と伝わる梵鐘のある王竜禅寺、正行が首を洗い身を浄め必勝を祈願したと伝わる枚岡神社と首洗いの井戸、正行菩提寺といわれる十念寺などもスライドを準備してみていただきました。
 今、四條畷の東部市街地は南北東西約2キロ四方、住居で所狭しと埋まっていますが、四條畷の戦いのあったころは、住居は飯盛山山麓にわずか張り付くぐらいで、市内ほぼ全域が河内湿原時代の名残を残しながら沼地等が多く、ススキ野原の状態であったと思われます。
 正行の最期は、このススキ野原に隠れ布陣した敵の強弓隊の放った矢を身体に受け、刀折れ矢尽き、「もはやこれまで。敵の手に掛かるな」と、正行・正時、権現川堤の適地まで移動し、相刺し違えて亡くなったのです。
 
●正月早々、新入会員1名を迎えました。

 嬉しいことに、この日、新しい仲間を迎えました。
 公開講座を受講していただいている方が一人、新たな仲間として加わりました。

 公開講座は、後半に入り、2月の現地学習の後、江戸時代の正行、近代の正行、現代の正行と、正行死後の正行の歴史とのかかわりを学ぶ予定です。
 10回目の6月は、受講のまとめとして、皆さんからレポート提出をお願いし、公開講座の感想をお聞きしながら、次の課題なども探していきたいと思います。
 少なくとも、秋には第9回正行シンポジウムの開催、そして4月からは大阪電気通信大学との社会プロジェクト実習授業第6弾を予定しています。また、寄贈いただいた黒岩淡哉作の小楠公像の常設展示や朱舜水作正行像賛の顕彰碑の建立なども取り組む予定です。
 本年もどうぞよろしくお願いします。
 なお、この日、真木副代表の独吟「楠帯刀之歌」を披露いただきました。正行の生涯を詠った吟詩で、大変長いものですが、最初から最後まで吟じ切っていただきました。ありがとうございました。

 

楠正行通信 第140111日発行


1214日、公開講座「楠正行の生涯を学ぶ」第4回
・正行22歳、第二期戦乱の時代
・隅田城の戦いから住吉天王寺の戦いまで、約半年間の破竹の快進撃

公開講座「楠正行の生涯を学ぶ」


 5回 正行、四條畷の合戦 激闘6時間

予告❣
 28日の第6回は、現地学習です
次回例会


 日時 28日(火)、1300分~1500分
 場所 四條畷神社休憩所に集合
 内容 四條畷神社(正式参拝) ☞ 和田賢秀墓 ☞ 四條畷合戦跡 ☞ 小楠公墓☞ 正行     最期の地(ハラキリ字地) ☞ 四条畷駅(現地解散)
 公開講座の詳しい情報は、正行通信132号をご覧ください。


傍聴、入会大歓迎!

 郷土、四條畷の歴史、そして四條畷神社に祀られる楠正行に関心をお持ちの方、一緒に学びませんか。
 例会は、毎月・第2火曜日の午後130分から3時までです。
 お気軽に、教育文化センターの2階を覗いてください。お待ちしております。


 正行通信 第140号はコチラからも(PDF)
























































 

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